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2015-08-28 (Fri)
秋の訪れが例年より早いようですね。

残暑をあまり気にしなくても良いのは助かります。

全員登園の夏期保育日ということ、さらに児童クラブの小学生もプラスされますので、園内はとても賑やかな日でした。

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以前は9月生まれの子たちと合同で9月に行っていました8月生まれのお友達の誕生会も本日行われました。

担当の先生のバルーンアート(!)などで楽しいひと時を過ごしました。

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さて、昨日はセルフイメージの話を少しさせていただきました。今日はその関連事項ということで[コンフォートゾーン]ということについて少し記述させていただきます。よろしければおつきあいください。

[コンフォートゾーン]とは、文字通り、自分が快適だと感じる環境のゾーンのことを言います。

その中にいる限りはこころも体も、楽、自分にとって当たり前である、安心できると感じる環境域、のことです。

子供でも、大人でも、誰にでもこのゾーンは有り、私たちは日ごろ無意識のうちにこのゾーンの中に自分の身をおいて生活しようとしています。

逆に言うと、このゾーンから離れた場に行ってしまった時には、居心地が悪く、落ち着かなさを感じたして元に戻ろうとするそうです。

それまで家庭で生活していた幼児が、幼稚園に入園した時、不安からお家に帰ろうとダダをこねたりするのがそうですね。

また、良い意味での逸脱の時にも、同様なことが起きます。
せっかくダイエットに成功したのに、いつのまにかリバウンドして元の体重に戻ってしまった・・・、
ギャンブルで大儲けしたけれど、気づくと散財してなくなっていた・・、などがそうです。
このように、自分の体重や財産に対するコンフォートゾーンが低いままだと、なかなか身につかないのです。

これらは、脳の作用である、ということが分かっています。
私たちの脳には、それまでの経験などから形成された、自分自身の[当たり前]=[コンフォートゾーン]に自分自身を常に引き戻そうとする無意識の作用力があるそうです。

これは言ってみれば、自分がどんなに高い目標、目的、夢を掲げても、コンフォートゾーンが低いままだと自分の脳はその実現をじゃましてしまう、困難だ、ということです。

子供たちの大きな成長や夢の実現を考えた時、このコンフォートゾーンをいかに上げていくか、という視点が必要になってくる訳です。
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2015-08-27 (Thu)
いよいよ夏休み期間も終盤を迎えています。

当園では今日から夏期保育が始まり、全園児が揃って登園してきました。
皆、元気そうでなによりです。

猛暑も一段落していますので、実りの二学期へと向けて助走をスタートしていきましょう。

夏休みのこの時期、家で過ごすことが多かった1号認定のお子様など、保護者の皆さまも、家庭でじっくりとお子様の様子を観察する機会となったことでしょう。

家の中でゴロゴロしている様子が目について、ついつい、ネガティブな言葉をかけてしまったりしていませんか・・?。

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「自分とは、○○な子である。」の○○の部分をセルフイメージと言います。

自分に対する自己認識、ということですね。

実は、この、[自分をどのような子だと思っているのか]、ということは子供の成長に多大な影響があるそうです。

子供は、自分がそう思っているような子、そのイメージへと向けて育っていくからです。

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セルフイメージは日ごろ周りの大人からかけられる言葉などの評価によって形成されていきます。

「優しい子だね」「強いね!」「がんばりやさんだね」など、良い言葉をかけられると、そのような良いセルフイメージが脳の中に形成されていきます。

反対に、「ほんと、バカなんだから・・!」とか「ダメな子だね!」など、ネガティブな言葉を浴びせられると、そのような良くないセルフイメージが脳の中に形成されていってしまいます。

そして、何度も言われ、脳の深いところに刻み込まれたセルフイメージは、無意識のうちにそれをさらに具現する方向で、その子の行動、言葉、考え方などをコントロールしていくそうです。 

子供に向けて言う言葉、くれぐれも良いセルフイメージにつながるよう、吟味していきたいものですね。
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2015-06-25 (Thu)
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「真岡署管内、幼稚園・保育園(所)等防犯交通連絡協議会」、という組織があります。

真岡警察署、生活安全課に事務局を置き、就学前の幼児を取り巻く生活環境の安全促進を目的にして管内の幼稚園、保育園、認定こども園などが全て加盟しているものです。

今日開催された今年度の総会、そして研修会でのお話を少しシェアさせていただきます。

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皆さん、幼児が交通事故で怪我をするのはどのようなシチュエーションだと思いますか?

駐車場?、道路?、一人で遊んでいる時?・・・、

統計上、幼児が交通事故で怪我をするのは、その90パーセント以上が自分の保護者の車に同乗している時だそうです。

チャイルドシート等なしで親の車に同乗中に保護者の車が事故に遭い、ケガをする、というパターンがほとんどだそうで、驚くことに昨年度の真岡署管内での幼児の交通事故による怪我等は全てこれだそうです。(内、1件が死亡事故/フロントガラスを突き破っての車外飛び出し)

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当園の保護者の皆さんはいかがでしょうか?、お子様を自分の車に同乗させる時、きちんとチャイルドシート等を使用していますか?。
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2014-09-19 (Fri)
爽やかな秋の好天に恵まれ、のびやかな園生活が展開していっています。

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この時期に残暑がないのは、ありがたいですね。

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そして、
食欲の秋、到来!、何といっても食べ物がおいしく感じる季節となりました。

お店には新米や、栗、さんま、など、この時期ならではのおいしい食材が並び始め、こころが沸き立ちます。

今年度より始めた、自園調理による完全給食もすっかり軌道に乗り、
お昼時には、昼食を楽しむ子供たちの楽しそうな声がランチルームに響いています。

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入園当初は、偏食が激しかった子なども、
今では驚くくらいに、しっかりと何でも食べるようになってきています。

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専任の栄養士と知恵を絞り、
野菜などを豊富に使用した拘りのメニューを提供してきて、つくづく感じることは、

実は、「偏食とは、味覚の経験不足」、ということです。

現実は、子供は少しづつ食べ馴れることで、[何でも食べられるようになる(!)]、ものなのですね。

このような体験が、家庭ではなかなか徹底し難いのでしょう・・・。

その結果、特定のものしか食べない(食べないで済む)、という偏食の傾向が固まっていってしまうようです。

幼児期は、他の感覚神経と同様に、味覚神経が育っていく時期です。

この時期に、様々な食材を体験し、味わうことは、適応性の高い、柔軟な味覚を育てることになると思います。

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子供たちの丈夫な身体、豊かな心は、まずは柔軟な味覚があってこそ摂れる、バランスの取れた食事(栄養)、あってのものだと思っています。
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2014-01-24 (Fri)
穏やかで暖かく感じる週末となりました。

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この一月下旬というのは例年だと最も寒さの厳しい時期、寒風が吹きすさんでいまのすので、この暖かさはありがたいですね。
春近き、を感じます・・。気持ちも弾んできます・・。

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朝の園庭では子どもたちも、のびのびと体を動かす様子が見られています。

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例年この時期に流行してくるインフルエンザも幸いなことに、出ていません。
このまま流行しないで新年度が迎えられると良いですね。
子どもたちにとって、大切な一日一日、ですから・・。

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さて、今日は四摂法シリーズの最後の四つ目、[同事]というものです。よろしければおつきあいください。

これは、相手のことを思い、相手と同じ立場に身をおき、感じ、行動する、ということです。
分かり易く表現すると、いわゆる、「おもいやりのこころ」、というものになるでしょうか。

この「おもいやり」、というのは、誰しも望ましいこころのあり方として望んでいるものだと思います。
「おもいやりのある子に育ってほしい」とは、保護者の方がよく言われる言葉です。

私たちは誰でも、おもいやりのこころのある人が好きだと思います。
相手の痛みを自分の痛みとして感じる、相手の喜びを自分の喜びとして感じる、ということは、究極の愛だ、とも言えます。
因みに、仏教ではこのこころのことを[悲心]などとも表現します。
曹洞宗でよく唱えられる「大悲心陀羅尼」というお経はこの[悲心]というものの功徳を讃美し、大切さを説いたものです。

おもいやりのある人は魅力的です。
人望が厚く、自然に多くの人が集まってくることでしょう。
これは前回の話と同じで、自分というお店が繁盛する、ということにも通じる訳ですね。

私たちは誰でも、自分だけで豊かに、しあわせになれるものではありません。
必ずや、そこには多くの人々、相手が介在しているものです。仲間の人たちがいるはずです。

そのような人同士が共に貢献しあい、様々なものをもって互いに照らし合う時、私たち一人一人も輝くことができるものです。
自分一人だけで輝けるものでは、ありません。
これは、今の社会のしくみを考えればお分かりいただけるのではないでしょうか。

月も太陽の光に照らされて、闇夜に燦然と輝くことができます。
太陽という無償の愛の光を受けて、今度は自分自身がそれをまた周りに反射していくこと、周りを照らしていく側に立つこと、
そのようにして互いに照らし、照らされる、という関係の中に、私たちの豊かさやしあわせというものを向上させていく真理があるのです。

本物のしあわせとは、相手も自分も、同時に輝く(=[同事])ものなのだ、という訳ですね。 (完)
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